大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)153号 判決

東京都江戸川区小松川四丁目三五番地

原告

蜷川伸也

右訴訟代理人弁護士

青柳孝夫

秋山昭一

島田正雄

真部勉

佐藤義行

東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号

被告

江戸川税務署長

河野勝

右指定代理人

増山宏

田島久照

永田八八

金子清

西山吉洋

主文

一  被告が原告に対し昭和三八年一二月二三日付でした昭和三五年分以降の所得税青色申告書提出承認の取消処分を取り消す。

二  原告の昭和三五年分の所得税について、被告が右同日付でした更正のうち、総所得金額一三万二二八三円をこえる部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

三  原告の昭和三六年分の所得税について、被告が右同日付でした更正のうち、総所得金額一二万一五六二円をこえる部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

四  原告の昭和三七年分の所得税について、被告が右同日付でした更正のうち、総所得金額一四万七四〇二円をこえる部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

五  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決

第二原告の請求原因

一  本件各処分の経緯

1  原告は、軽印刷業を営む者であつて、所得税の確定申告書を青色申告書により提出することについて被告の承認を受けていたものであるが、その所得税について、総所得金額を、昭和三五年分一三万二二八三円、同三六年分一二万一五六二円、同三七年分一四万七四〇二円とし、右各年分の所得税額をそれぞれ零とする青色申告書による確定申告書をした。

2  ところが、被告は原告に対し、昭和三八年一二月二三日付で、昭和三五年分以降の青色申告書提出の承認を取り消す処分(以下「本件承認取消処分」という。)並びに前記各年分の所得税について、総所得金額、所得税及び過少申告加算税を次表のとおりとする更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)をした。

〈省略〉

二  本件承認取消処分の違法事由

しかし、本件承認取消処分は、次の事由により違法である。

1  理由附記の不備

(一) 旧所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法。以下「旧所得税法」という。)二六条の三第一〇項は、青色申告書の提出についての承認を取り消し得る事由を挙げ、同条第一一項は「前項の規定による承認の取消の通知をするときは、その取消の基因となつた事由が同項に定める事由のいずれに該当するかを附記しなければならない。」と規定しており、その法意は、青色申告書提出承認の取消処分の通知書には、第一〇項所定の事由に該当する具体的事実の記載をすべき旨を要求しているものと解すべきである。思うに、右立法趣旨は、青色申告の承認を受けている納税義務者は、その承認取消しによつていわゆる青色申告の特典を奪われるのであるから、課税庁が承認取消しの要件事実を特定、明記した書面自体をもつて納税義務者に当該要件事実を知らせることによつて、取消しの妥当、公正を担保するにあるものと解すべきであり、また、青色申告者に対する更正の通知書に、更正の具体的根拠を明らかにする理由附記が必要であるとされていることとの均衡上からも、青色申告書提出承認の取消しについても、これと同様の具体的事実の記載が要請されているものと解すべきだからである。

(二) しかるに、本件承認取消処分の通知書には、その理由として「備付帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の事実があると認められる相当の事由があること。」と記載されていて、単に旧所得税法二六条の三第一〇項の法文を引き写したにすぎず、これに該当する具体的事実の記載を全く欠いているから、同条第一一項の要請する理由附記に不備があるというべく、同処分は違法であつて、取消しを免れない。

2  処分理由と異なる理由の附記

法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与える趣旨に出たものであるから、実際の処分理由と異なる理由を附記した場合には、その処分自体が違法となるものというべきである。そして、本件承認取消処分の実質的理由は、「原告が故意に帳簿書類を被告の係官に提示しなかつた」ことにあることは被告の主張から明らかであるのに、その通知書には前記1の(二)のような理由を附記したのであるから、右処分は違法である。

3  調査の欠如

被告は、原告の昭和三五年分及び同三六年分の所得税についてはなんら調査することなく本件承認取消処分に及んだものであるから、同処分は違法である。

4  承認取消事由の不存在

被告は、原告には旧所得税法二六条の三第一〇項所定の事由がないのに本件承認取消処分をしたものであつて、同処分は違法というべきである。

三  本件更正及び本件決定の違法事由

また、本件更正及び本件決定は、次の事由により違法である。

1  理由附記の不備

本件係争年分の確定申告書は青色申告書により提出されたのに、本件更正の各通知書には、旧所得税法四五条二項所定の更正理由の附記が全くされていないから、本件更正及びこれに基づく本件決定は違法である。

2  違法な目的のための調査及び処分

原告は、昭和二八年ころ江戸川民主商工会に入会して以来、同会ないし同会小松川地区支部の役員を歴任してきたものであるところ、被告は、国税庁の指示に基づき、江戸川民主商工会の組織を破壊する目的のもとに、昭和三八年九月ころから同会員に対して徹底的調査を行うとともに、脱会を勧告したが、原告に対しても同目的のために本件に関する調査及び本件更正等を行つたものであるから、本件更正及びこれに基づく本件決定は違法である。

3  総所得金額等の過大認定

原告の昭和三五年、同三六年及び同三七年の総所得金額及び所得税額は前記一の1の確定申告額のとおりであるところ、被告は本件更正によつてこれを前記一の2のとおり過大に認定したのであるから、本件更正及びこれに基づく本件決定は、違法である。

四  結論

よつて、原告は、本件承認取消処分並びに本件更正のうち総所得金額が前記確定申告額をこえる部分及び本件決定の取消しを求める。

第三請求原因に対する被告の認否及び主張

一  請求原因に対する認否

1  請求原因一の事実は、すべて認める。

2  同二の事実のうち、本件承認取消処分の通知書に附記された理由が原告主張のとおりのものであつたこと、本件承認取消処分の一理由が、原告が帳簿書類の提示をしなかつたことであること(ただし、正確には、右事実が旧所得税法二六条の三第一〇項に該当することがその理由である。)は認めるが、その余の事実は争う。

3  同三の事実のうち、被告が昭和三八年九月ころから管内の納税者(江戸川民主商工会会員を含む。)の昭和三七年分の所得税の調査を行つたことは認めるが、その余の事実(ただし、本件更正の各通知書に更正理由の附記がされていない点については、被告が明らかに争わないから、これを除く。)はすべて争う。

二  被告の主張

1  本件承認取消処分の適法性について

(一) 青色申告書提出承認の取消処分の理由附記

(1) 青色申告書提出承認の取消処分に関する旧所得税法二六条の三第一一項の規定は、租税法の分野における他の処分(青色申告の更正、異議決定及び裁決等)についての理由附記を要する旨の規定とその趣きを異にし、取消しの基因となつた事実が法の定めるどの事由に該当するのか、すなわち、該当事由だけを記載すれば足りる旨規定していることが文理上明らかである。

(2) 承認取消処分の理由附記に関する規定は、昭和三四年法律七九号による所得税法の改正の際に議員修正により設けられたのであるが、右は、国会の議事録の質疑応答において明確になつているように、青色申告の承認を取り消すべき場合は、取消理由が法律上明確に制限されているので、納税者にどの取消事由を理由として取り消したのかを明確にすれば足りるということから、理由附記の程度として該当事由の記載だけを必要とする規定を設けるに至つたものである。

(3) また、青色申告者の更正処分との対比において承認取消処分の性質について考えてみると、前者は納税者が帳簿書類に基づいて提出した納税申告書の課税標準等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等がその調査したところと異なるときに、当該申告書にかかる課税標準等を更正するものであつて、税務官庁において本来尊重すべき帳簿書類の記載を信用しないのであるから、これをいかなる理由で信用しないかを、帳簿の記載以上に信憑力のある資料を摘示して説明することが必要とされるのである。これに対して、承認取消処分は、信頼性のある帳簿書類を完備、記帳していない納税者に対して、その帳簿書類の信頼性の欠如を理由として承認を取り消すものであつて、個々の科目や数額をその帳簿書類に直接関連させながら逐一摘示しなければならない必要性は全くないのみならず、承認取消処分の事由は、更正の事由のように種々の態様のものがあるわけではなく、その取消理由を三つのものに類型化し、取消しを制限的に規定しているのであるから、処分の理由附記の程度としては、どの事由で取り消されたのかを明示しさえすれば、税務官庁の恣意は十分に抑制されることになり、また、納税者に対して不服申立てのための便宜も尽くされているものといえるのである(なお、刑事訴訟法上、保釈取消決定や勾留状においても、保釈取消ないし勾留の理由は、それぞれその該当条項だけを記載すれば足りると解されていることも参照。)。

(4) 右のような被告の見解に対しては、承認取消処分は、青色申告の特典を将来にわたつて失わせるものであつて、一時的に不利益を与える更正よりもはるかに大きな不利益を与える処分であるということを根拠とする反論があるかもしれないが、しかし、青色申告の承認は、取消しの通知を受けた日から一年を経過すればあらためて何時でも承認を受けることができるうえ、承認取消処分によつて納税義務が具体化するものでもないから、一概に、承認取消処分を更正より不利益な処分であるということもできない。

(5) 以上の理由により、旧所得税法二六条の三第一一項が承認取消処分の通知書の附記理由として記載を命じているのは、同条第一〇項のいずれの取消事由に該当するかという該当事由の附記であつて、さらにその具体的根拠まで示す必要はないものと解すべきであるから、本件承認取消処分における前記のような理由附記には、なんら不備はなく、同処分は適法である。

(6) 仮に、右理由附記が具体的事実の記載がないとの理由により不備であるとしても、原告が本件承認取消処分についてした異議申立て及び審査請求に対する決定書及び裁決書において、その理由中に具体的事実の記載がされているのであるから、法が理由附記を要請する趣旨からして、それらの記載により原処分の理由附記は補完されたものというべきである。よつて、同処分に違法はない。

(二) 調査の実施

被告の係官は、昭和三八年一二月七日原告が来署した際に、原告に昭和三五年分及び同三六年分の所得税についても調査するから、帳簿書類を探して用意しておくように指示した。同係官は、同月一三日予め連絡したうえ、翌一四日原告方に調査のため臨店し、原告に帳簿書類の提示を求めたところ、原告は二度にわたる事前連絡にもかかわらず、昭和三五年分及び同三六年分の帳簿書類を用意していなかつたばかりでなく、帳簿書類が原告の妹宅にあるかのようにいうので、係官が原告に帳簿書類を妹の所から持つてくるか、妹の住所を教えてくれるかして欲しい旨申し入れたところ、原告は「忙しいから行つてはいられない。また、妹の住所は教える必要はない。」などと称して、右帳簿書類の所在すら明らかにせず、被告の帳簿書類の調査を回避した。

そこで、被告は、さきに原告が昭和三七年分の所得税についての被告の調査に対して非協力的な態度をとつたこと及び被告係官の再三の要求の後に原告が昭和三八年一〇月二九日になつてようやく提示した昭和三七年分の現金出納帳には記帳の真実性を疑わしめる記載があつたことなどから判断して、原告は、昭和三五年分及び同三六年分の帳簿にも、昭和三七年分の現金出納帳と同様の記帳の真実性を疑われる記載があるため、その提示を回避したものと認めざるを得なかつたものである。

(三) 本件承認取消処分の事由

(1) 原告が被告の昭和三五年分及び同三六年分の所得税の調査にさいして原告の備付帳簿書類の提示を回避したことは前記(二)のとおりである。そして、帳簿書類の記載事項の全体について不実の記載さえなければ、被告の調査の際にその提示を拒む理由はないから、他に特段の事情の存しない以上、このような回避は、備付帳簿に不実の記載があることによるものとみざるを得ない。

(2) 原告が異議申立ての段階で提示した原告備付けの現金出納帳の昭和三五年分の記載事項には、(ア)借入れ及び借入返済の大部分について、借入先、返済先等重要事項の記載がなく、その真実性が根本的に疑われるうえ、(イ)右現金出納帳によると、昭和三五年二月一一日の普通預金の払戻しが同月一日にされた旨記帳されていて、同月二日における原告の現金残高が七〇〇四円の赤字であつたことになること、(ウ)原告は同年五月二六日に千代田相互金融会会長金森宗芳宛に手形を振り出し融資を受けたのに、原告の現金出納帳には右振出日の前後にこれに関する取引の記載がないこと、(エ)右現金出納帳によると、同年九月一六日に一八万四一三〇円が預金に預入されたことになつているが、実際に預け入れた日は同年一〇月八日であることなど、原告備え付けの現金出納帳には明らかに不実と認められる記載があつて、原告の帳簿書類はその全体について真実性が疑われる。

(3) 原告が提出した青色申告決算書によると、原告の売上差益率及び所得率は、同業者のそれに比して著しく低率であり、また、原告の申告になる所得金額は、原告世帯の推定消費支出額と比較しても著しく過少であり、さらに、原告が同三七年八月一四日に軽四輪自動車を三五万二五四五円で購入していることに照らしても甚しく低いというほかなく、これによつても、原告の備え付け帳簿の記載が真実でないことを窺うのに十分である。

(4) 以上のとおり、原告の備え付けの帳簿書類の記載事項の全体について、その真実性を疑うに足りる不実の事実があると認められる相当の事由があるから、本件承認取消処分には、この点に関する違法はない。

2  本件更正の適法性について

(一) 昭和三五年分の所得税について

(1) 推計の根拠

被告の調査にさいして、原告が帳簿書類の提示を回避したこと及び原告か異議申立ての段階で提示した帳簿書類の真実性には疑いがあることは、前記1の(三)の(1)及び(2)のとおりである。したがつて、被告としては、原告の所得の実額を把握することは不可能な状況にあり、旧所得税法四五条三項により、これを推計するほかはない。

(2) 総所得金額

原告の昭和三五年における期首と期末の資産、負債の増減額は後記(ア)ないし(ク)のとおりであるから、その純増加額を把握したうえ、右金額に後記(ケ)の原告世帯の推定生計費及び後記(サ)の青色事業専従者控除否認額を加算し、後記(コ)の預金利子額を控除すると、原告の総所得金額は五七万二二五二円となる。

(ア) 現金増加額 一五二六円

(イ) 普通預金増加額 二七万二一三九円

(ウ) 売掛金増加額 五一〇〇円

(エ) たな卸資産減少額 二一四〇円

(オ) 減価償却費 六万五〇二六円

(カ) 買掛金増加額 三二九七円

(キ) 未払金増加額 二九〇五円

(ク) 借入金減少額 一万八〇〇〇円

(ケ) 生計費 三〇万〇五七六円

(コ) 預金利子額 一万一七二一円

(サ) 青色事業専従者控除否認額 六万円

(二) 昭和三六年分の所得税について

(1) 推計の根拠

昭和三六年分の所得金額に関する推計の根拠は、同三五年分のそれと同一である(前記(一)の(1)参照)

(2) 総所得金額

原告の昭和三六年における期首と期末の資産・負債の増減額は、後記(ア)ないし(ケ)のとおりであるからその純増加額を把握したうえ、右金額に後記(コ)の原告世帯の推定生計費、後記(サ)の家事関連費及び後記(ス)の青色事業専従者控除否認額を加算し、後記(シ)の預金利子額を控除すると、原告の総所得金額は、七九万一三二六円となる。

(ア) 現金増加額 五万二四八八円

(イ) 当座預金増加額 七万五三一〇円

(ウ) 普通預金増加額 三八三一円

(エ) 売掛金減少額 一四〇〇円

(オ) たな卸資産減少額 一万九二一〇円

(カ) 減価償却費 一四万四〇四六円

(キ) 買掛金増加額 一万二二九三円

(ク) 未払金増加額 一万一一二〇円

(ケ) 借入金減少額 一万八〇〇〇円

(コ) 生計費 三四万六一三七円

(サ) 家事関連費 四五万円

(シ) 預金利子額 一万六三七一円

(ス) 青色事業専従者控除否認額 五万円

(三) 昭和三七年分の所得税について

(1) 推計の根拠

被告の係官は、原告の昭和三七年分の所得税の調査のため、昭和三八年九月三〇日以来五回にわたり原告方に臨店したが、そのうち四回は原告が不在、一回は帳簿が手もとにないという理由で調査を断られ、同年一〇月二九日に至りようやく調査に着手し得たのである。また、原告の現金出納帳によると、昭和三七年七月一一日の一万五〇〇〇円及び同月一四日の五万円の各普通預金払戻しについて記帳がなく、同年八月一四日の普通預金払戻し一三万円について現金出納帳の入金は同月八日となつているなど、同帳簿の記載中には実際の取引と相違するものがあつた。さらに、原告は、同年八月一四日に原告の申告にかかる所得では購入し得ないと思われる自動車を公表決算外で購入していることは前記1の(三)の(3)のとおりである。したがつて、原告は正確に記録された帳簿書類を備え付けておらず、被告として原告の所得の実額を把握できない状況にあるので、これを推計するほかはない。

(2) 総所得金額

原告の昭和三七年における期首と期末の資産・負債の増減額は後記(ア)ないし(ス)のとおりであるから、その純増加額を把握したうえ、右金額に後記(セ)の原告世帯の推定生計費及び後記(タ)の青色事業専従者控除否認額を加算し、後記(ソ)の預金利子額を控除すると、原告の総所得金額は、九八万九四四二円と推計される。

(ア) 現金増加額 三万一六一四円

(イ) 当座預金減少額 五万三三〇九円

(ウ) 普通預金増加額 三〇万九五六七円

(エ) 売掛金増加額 六万二〇〇〇円

(オ) たな卸資産減少額 一万九八七〇円

(カ) 車輛運搬具増加額 三三万五〇〇〇円

(キ) 什器備品増加額 一万〇五六五円

(ク) 機械器具増加額 八万円

(ケ) 減価償却費 一四万六三三六円

(コ) 支払手形増加額 一六万円

(サ) 買掛金減少額 一万〇三九〇円

(シ) 未払金減少額 一万三九三〇円

(ス) 借入金減少額 一万八〇〇〇円

(セ) 生計費 四六万〇五三三円

(ソ) 預金利子額 一万二六四二円

(タ) 青色事業専従者控除否認額 五万円

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論

一  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の(一)、(二)及び(三)の(1)、(3)の各点はいずれも争う。

2  同(三)の(2)の事実のうち、原告の現金出納帳の借入金に関する項の大部分に借入先等の記載がないこと、同帳簿上、普通預金払戻しの日付が(イ)記載のように誤つていたこと及び(ウ)並びに(エ)の各事実は認めるが、その余の点は争う。

3  被告の主張2の(一)及び(二)の各(1)の事実に対する認否は、前記1、2における被告の主張1の(三)の(1)、(2)に対する認否と同一である。なお、原告の所得の実額を把握することが不可能な状況にある、との点は争う。

4  被告の主張2の(一)の(2)の事実のうち、(イ)、(エ)、(カ)の各点は認めるが、その余の事実は争う((ア)は一七七六円、(ウ)は二万六〇六〇円、(オ)は六万四八八八円、(キ)は三三九〇円、(ク)は三五万二〇〇〇円の借入金増加、(ケ)は二四万〇六一八円である。なお、(コ)の金額は認めるが、原告はこれを計上していなかつた。)。

5  同(二)の(2)の事実のうち、(イ)、(ウ)、(オ)及び(カ)の各点は認めるが、その余の事実は争う((ア)は五万二五四八円、(エ)は五一一〇円、(キ)は一万八八七三円、(ク)は〇円、(ケ)は一〇万円、(コ)は一一万一五六四円である。なお、(シ)の金額は認めるが、原告はこれを計上していなかつた。)。

6  同(三)の(1)のの事実のうち、原告の現金出納帳上、昭和三七年七月一一日の一万五〇〇〇円及び同月一四日の五万円の各普通預金の払戻しについて記帳がなく、同年八月一四日の普通預金払戻しによる入金が同月八日となつていることは認めるが、その余の事実は争う。

7  同(三)の(2)の事実のうち、(ア)、(イ)、(ウ)、(オ)、(コ)、(ス)の各点は認めるが、その余の事実は争う((エ)は四万四七五〇円、(カ)は三五万一三八〇円、(キ)は〇円、(ク)は八万六〇〇〇円、(ケ)は一一万三四六一円、(サ)は一万六九七〇円、(シ)は四五〇〇円の増加、(セ)は二八万七七六六円である。なお、この他に資産の増加額として、預り金増加額六五万七五七五円があつた。また、(ソ)の金額は認めるが、原告はこれを計上しなかつた。)。

二  原告の反論

1  青色申告書提出承認取消処分の通知書の理由附記の補完の可否について被告は、青色申告書提出承認取消処分の通知書の理由附記が不備であつたとしても、後に行われた異議申立て及び審査請求に対する決定書ないし裁決書によつて補完された場合には違法はなくなる旨主張するが、承認取消処分とこれに関する不服申立手続とは全く別個のものであるうえ、このような補完を認めるとすれば、課税庁が処分時には抽象的な理由を附記し、不服申立て後にはじめて具体的な理由を補完しようという態度に出ることを可能にし、その恣意を許容することになるから、不当である。

2  承認取消処分の理由について

(一) 原告備付けの現金出納帳に被告の主張のような借入先及び返済先の記載がなかつたことは事実であるが、原告は、当時右帳簿のほかに元帳、売上帳、仕入帳及び経費帳を備え付けていて、昭和三五年分の元帳には現金出納帳に記載のない借入先及び返済先の記載をしており、原告の異議申立ての審理の際にはこれを被告にも示し、被告もその記載のあることを認めたのである。

(二) また、被告は、その主張1の(三)の(2)の(イ)ないし(エ)記載の現金出納帳における記載の誤りを指摘するが、この程度の誤記、誤算は、税務当局において、会計、簿記の専門的知識を有しない一般納税義務者に対し青色申告者となることを推奨・指導し、帳簿書類の備付け、記帳を義務づけて青色申告書の提出を承認している実態からみて、当然起り得ることであつて、かかる事由によつてその承認を取り消すとすれは、ほとんどの青色申告者について承認が取り消されることとなり、不当である。

(三) さらに、被告は、原告の所得率が他の同業者のそれよりも低いことをもつて、承認取消処分の一理由としているが、右は、青色申告者には推計による課税を許さず、更正にも理由附記を要するとした法の趣旨にかんがみ、青色申告制度の根本を破壊するものであつて、許されない。

3  原処分時の処分理由と異なる理由の主張について

抗告訴訟の訴訟物は、「一定の事実関係を基礎として、これについて行政庁が明示的又は黙示的に示した第一次的判断を媒介として生じた違法状態の排除」であるから、原処分たる本件更正の基礎となつた事実関係と異なる事実を主張・立証して原処分の適法性を維持しようとすることは、抗告訴訟の本質に反し許されない。

第五原告の反論に対する被告の答弁

原告は、本件更正の基礎となつた事実関係と異なる事実(処分理由)を主張・立証して原処分の適法性を維持しようとすることは許されない旨主張するが、課税処分の取消訴訟においては、課税庁が認定・算出した課税標準又は税額等が実際の課税標準又は正当な税額等をこえているか否かが訴訟の対象であるから、実際の課税標準等に関して原処分では考慮されなかつた事実を主張・立証することも許されるべきである。

第六証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  本件承認取消処分の通知書における理由附記の適否

1  本件承認取消処分の通知書には、その理由として「備付帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる不実の事実があると認められる相当の事由があること。」と附記されているにとどまることは、当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、右処分の理由附記の適否について判断する。

(一)  旧所得税法二六条の三第一〇項は、青色申告書提出承認の取消処分の事由を三つのものに限定したうえ、同条第一一項は、承認取消しをしたときは、その旨を承認を受けていた者に通知し、かつ、その通知書には取消しの基因となつた事実が前項所定の事由のいずれに該当するかを附記しなければならない旨定めている。思うに、右法条が承認取消処分の通知書に理由附記を要求する趣旨は、同処分が右の承認を得た者に与えられる納税上の種々の特典(前年以前三年間に生じた純損失金額の繰越控除、青色事業専従者にかかる必要経費の特例等の実体上のもの、更正通知書の理由附記、推計課税の禁止等の手続上のもの)を剥奪する不利益処分であることに照らし、処分庁が取消事由の有無について慎重かつ合理的に判断することを担保して、その恣意を抑制するとともに、処分の相手方に対し取消事由を知らせて、その不服申立てに便宜を与えることにあるものと解すべきである。

(二)  したがつて、承認取消処分に要求される理由附記の程度は、いかなる具体的事実関係に基づき、いかなる法規を適用して当該処分がされたかを、処分の相手方がその記載自体から知ることができるものでなければならず、単に抽象的に処分の根拠規定を示すだけでは、法の要求する理由附記としては不十分であるといわなければならない(なお、青色申告者に対する更正の通知書の理由附記の程度については、処分の具体的根拠を明示する必要があると解されているところ、承認取消処分は、ひとたび行われると新たに承認を受けるまで前記のような特典を享受できなくなるのであるから、これらの特典を享受しつつ所得金額ないし税額等の修正を受けるにすぎない更正に比して、納税義務者にとつてより不利益な処分であることを考えると、承認取消処分の理由附記の程度が前記のような更正のそれよりも抽象的でよいとする合理的根拠はない。)。

そして、旧所得税法二六条の三第一〇項所掲の三つの取消事由のうち最後の事由をみると、右事由は概括的かつ抽象的であるため、承認取消処分の通知書に右事由に該当する旨又は右該当条文自体を附記されただけでは、処分の相手方は帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りるとされた理由がどのような具体的事実に基づくのかを知ることはほとんど不可能であるというほかない。それゆえ、このような場合には、通知書に法文上の取消事由ないしはこれに該当する旨を記載しただけでは足りず、右の基因となつた事実についても、処分の相手方が具体的に知り得る程度に特定して附記しなければならないものと解するのが、前記の理由附記の趣旨に添うゆえんであり、かつ、このように解しても、被告主張のように前記法条の文理及び立法経過にもとることになるとはいえない。

(三)  以上の観点からすれば、単に旧所得税法二六条の三第一〇項の前記のような抽象的法文をそのまま記載したにとどまる本件承認取消処分の通知書は、同条第一一項所定の理由附記を欠くものといわざるを得ず、同処分は、この点において違法であつて、取消しを免れない。

3  被告はさらに、本件承認取消処分の通知書における理由附記の瑕疵は、同処分に対する異議決定及び審査裁決の書面の理由中に具体的事実が記載されているから補完された旨主張するが、旧所得税法二六条の三第一一項の規定の趣旨が、前記のとおり処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制することにもあることに照らせば、承認取消処分の理由附記における瑕疵は、後日異議決定又は審査裁決において処分の具体的事由が明らかにされたとしても、それによつて治癒されるものではないと解すべきであるから、被告の右主張は採用するに由ない。

二  更正の通知書における理由附記の有無

1  本件承認取消処分が違法として取り消されるべきであることは前記一のとおりであるから、原告が昭和三五年分ないし同三七年分の所得税についてした青色申告書の提出は有効であつて、これに対する本件更正は、青色申告書についての更正として行われるべきことになる。

2  ところで、青色申告書について更正をする場合には、更正の通知書に更正の理由を附記しなければならない旨定められている(旧所得税法四五条二項)ところ、本件更正の通知書にはなんら理由が附記されていないことについては、被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。してみると、本件更正及びこれに基づく本件決定は、違法であつて、取り消されるべきである。

三  結論

以上判示の理由により、本件承認取消処分及び本件更正がいずれも理由附記の不備により違法であり、また、本件更正に基づく本件決定も違法であることは明らかであるから、その取消しを求める原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、相当として認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 加藤和夫 裁判官 石川善則)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例